人生は1回しかないので、君とは会わない
ドトールの 沖縄黒糖ラテを飲みながら、記事を書いています。
なにかを飲む、食べるっていうのは、選択の結果から出た答えです。
たとえば、あなたがお昼にパスタを食べたとして、
それはパスタ以外にも選択肢があった。けれども、
あなたはその中からパスタを選んだわけです。
サンドウィッチでもなく、おにぎりでもなく、パスタ。
今日の僕はマックでもなく、スタバでもなく、サンマルクでもなく、ドトールを選びました。
そしてアイスコーヒーでもなく、ホットコーヒーでもなく、抹茶ラテでもなく、沖縄黒糖ラテを選んだわけです。
人生は選択の連続。
これはよく言ったもので、私たちは生きている中で無意識に多くの選択をしています。
人は1日に9000回も選択決断を行っているそうです。
9000って。。。笑
時間は有限で、人生は1回しかありません。
人生の中で何回も決断を行うわけですが、その決断で人生が決まると言っても過言ではありません。
1つ1つの決断を見ても、大したことはなさそうです。
しかし、バタフライエフェクトによって、小さい影響は大きいものでかえってきます。
なので、1つ1つの決断は大事なものになるわけです。
いろいろな分野の決断がある中で、人生で誰といるかという決断っていうのは、物凄く大きいものだと僕は思います。
友達5人の収入の平均が自分の収入とか言われるわけです。
それほど影響されているわけです。
僕は先日、以前仲の良かった高校時代の友達A君と会いました。
大学受験生時代に勉強仲間として、とても仲が良かったんですよね。
A君は論理や抽象化が苦手で、感情や感性で動くタイプです。
僕はどちらも大切にしますが、どちらかというと論理的に考えて、抽象化することで物事を理解し、それに基づいて行動します。
なのでそもそも考え方がちがったわけですが、久々にこの前会ってもっと話が合わなくなりました。
生活している環境や友達、触れている情報が違うので、当然の結果ではあるのですが、小さいベクトルの違いは、こんなにも大きく違う方向にいくのかとショックでした。
彼に会うのは、とりあえず僕から誘うことはなさそうです。
僕は話をするのが好きで、討論みたいなことをするのも好きです。
しかし彼は討論が苦手で、半ば喧嘩越しでこられるので、好きではありません。
論理的に考えることができない人とは、
自分は話があわないのだなあと改めて感じさせられました。
簡単に言うと、面白くない。つまらない。
人生は1度しかないので、友達は選ぶべきだと思いました。
ではでは。